しんどい時はしんどいんじゃー!!無理すんなよな

鬱までにはならないでも、予備軍は多いと思います。こうした鬱予備軍から少しでも、脱却出来る様にサポート出来れば、私としても嬉しく思います。欝の話だけでなく、ほっこりした写真やブログを目指しています。新たに、介護の勉強を始めました。将来は介護福祉士の資格取得を目指しています。

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kenken20110501

Author:kenken20110501
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欝の話もありますが、日ごろの出来事や旅行記、写真など日頃の生活の中でほっこり出来るような内容のブログを目指しています。広く浅くの私ですが、みなさんに元気を与えられたり、人生のヒントとして頂ければありがたき幸せでございます。

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人事異動
ベッツィ&クリス/白い色は恋人の色
ベッツィ&クリス(Betsy & Chris)は、ハワイ州出身のベッツィとアイダホ州出身のクリスによるフォークソングデュオ。日本語で歌っていた。


うつの合い言葉ー焦らない!後戻りしない!諦めない!

7/15-4

教師
教師の指導力のアップの為に、研究授業が行われる。これは、実際に教師が授業をしている所を他の教師たちが見学し、反省会を行う事だ。この研究授業の為に、教師は一ヶ月ぐらい前から授業展開を構築していく。

日々の授業の事前準備は、簡単に授業の流れを考えるか、教師用の指導書を参考にして授業をしていく。研究授業は、児童たちの様々な反応を想定して指導案を考えていく。

疑問に思うのが、研究授業の時だけ必死に考えて授業をし、それ以外の時には適当に指導している教師もいる。だから、研究授業の反省会を行なっても、普段の授業と異なるのであまり反省会の意味をなさない。

また、年長の教師の授業に対しては、遠慮して授業の問題点を指摘しづらい。その為、年長の教師の授業はマンネリ化して上達しない。

もちろん、学校によって研究授業のやり方は異なるだろうが、反省会が、「教師同士のの褒め合い」で終わってしまえば何の意味をなさない。

そして、教科指導力だけではなく、児童達の心の教育が出来るかどうかがより大切だ。特に最近問題になっているいじめの問題にどう対処出来る力が教師にあるかどうかが、より重要だろう。

7/17-3

人事異動
今日から新しい部署への異動となった。介護技術は、入社当時に比べ出来るようになってきていると思うが、一つの介護の仕方がどの利用者さんにも合うという訳ではない。だから、新しい部署に異動になったので、利用者さんの情報を頭に入れて一からのスタートだ。

介護度の高い部署への異動なので、介助に対して今まで以上に緊張する。しかし、その緊張が利用者さんに伝わると余計に利用者さんは不安に思ってしまうので、自信を持って対応出来る様にしなければならない。

初日は、先輩のやり方を見学し、教えて頂いた方から、先輩と一緒にトイレ介助やベット移乗をしていく。利用者さんの多くは立位が不安定なのでしっかり介助しなければ転倒の可能性が高いので、緊張感は拭えない。

利用者さんとの信頼関係を造っていくのもこれからだ。利用者さんが「この人なら安心だ」と思える様に早く慣れていくしかない。

今日はとても疲れた。。。。明日は夜勤だ。。。。明日の夜まで爆睡しよう。。。最後ののらの様に。。。。

2012083101

2012083102

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Category: 日記  Tags: ---

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悪戦苦闘
オフコース/秋の気配
オフコースの始まりは神奈川県横浜市の聖光学院高校に在学中だった小田和正 ? 鈴木康博 ? 地主道夫らが結成したフォーク・グループ。1970年に「群衆の中で」でレコードデビュー、当初は生ギターを中心としたフォークソング的な曲を歌っていたが、長年ヒット曲に恵まれなかった。

結成7年目の1976年にギターの松尾一彦、ベースの清水仁、ドラムスの大間ジローが加わり、キーボード、シンセサイザーを含めたバンドサウンドとなる。結成10年目の「さよなら」の大ヒットで多大なる人気を獲得、それ以降も数多くのヒット曲を生み出し、時代を代表するビッグ・グループになった。しかし、音楽番組全盛の時代にあって、テレビ出演で人気を高めていった他のグループとは一線を画し、テレビ番組にはほとんど出演せず、レコード制作とコンサートに力を注ぐという独自の姿勢を頑なに貫いた。

再結成を望む声は今も根強いが現在、その可能性は薄いと見られている。「秋の気配 ? 恋人よそのままで」発売。このシングルより「オフコース」名義(オフとコースの間の中黒がなくなる)になる。

この曲の詞について小田は「“僕があなたから離れていく”って歌うと、まるでとてもやさしい人で、やむを得ず離れていくような…。“別々の生き方を見つけよう”とかって、よく映画の別れの場面であるじゃない? “いつの間にかすれ違った”、とか。でも、本当に好きだったら、別れないもんね。別れるのは“好き度”が低下したからなんだし、もっといい相手が出てきて“こっちのほうがいいなあ”と思ったからかもしれないんで。そういう傲慢な気持ちを横浜の風景の中に隠したのが、あの曲だったんだ。でも、書いたときは必死だったんだよ、言葉さがして。本当はそんなつもりなかったんだけど、あとで考えたらひどい男だな」と、『たしかなこと』[4]でのインタビューで答えている。


うつの合い言葉ー焦らない!後戻りしない!諦めない!

悪戦苦闘
日々の介護の中で、少しずつ楽しさも出て来たが、ここ最近はちょっとしんどい。毎朝「あー、辞めたい」と思いながら起きる。寝ても疲れがとれないのが大きな理由だ。それでも、私が休むと人手不足で他の職員さんに迷惑がかかってしまうから、少々のしんどさでも行かなければならない。

また、利用者さんも私が来るのを待ってくれている方もいる。「僕は、明日は休みやで」と伝えると「残念やなー。また、待ってるわ」と言ってくれて、それが私の元気になっている。

以前、逆に他の方が休まれフロアが私一人になる時間があり、そういう時に限って普段何でもない方の調子が悪くなったりして、余計に負担がかかった事あったので、微力な私でもいないよりはましだ。

最近は、不況の影響で介護職員の離職率が下がって来たというのに、職員の数が少ない。だから、なかなか利用者さんとじっくり向かい合える時間が少ない。日中業務をこなすので精一杯だ。まあ、慣れるまでは仕方ない事だろう。不安と期待の入り混じった感覚だ。

7/2-11

恵まれた友人関係
「俺がウツをなおしてやる」と言ってくれる友人がいたり、仕事の愚痴をずっーと聞いてくれる友人がいる。リアルな友人もいれば、ブロともさんもいてくれる。私の周りには、いい友人が集まっていてくれる。とても、感謝。頭があがらない。

薬を服用しながら、こうした友人達の応援で落ち込む気持ちを引き上げてくれている。部署移動の時にも、「せっかく慣れたのに・・・」と思っていたが、友人達は「いろんな介護の現場を知ることが出来ていいやん」と励ましてくれる。

「今は、しんどいかも知れんけど、絶対お前は成功するから」と漠然な励ましに、素直に「じゃあ、もうちょっと頑張ってみようか」と思い、気持ちが楽になる。

ブロともさんからもたくさんの励ましを頂く。お会いした事がないのに、自分の事の様に本気で心配頂いている。また、異業種の方からのコメは違う見方をされて、自分が気が付かなかった考えで大変有り難い。

ありがとう。^^明日もがんばるか!
7/6-3

7/6-4

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本文: 10  Trackback: 0

嬉しい言葉
ダ・カーポ 結婚するって本当ですか
1973年8月に「夏の日の忘れもの」でデビュー。翌1974年にリリースした「結婚するって本当ですか」が60万枚を売り上げる大ヒット、代表曲となった。またこの頃より童謡やアニメ主題歌など幅広いジャンルも手がけ、人気を博す。



うつの合い言葉ー焦らない!後戻りしない!諦めない!

6/27-2

嬉しい言葉
やっと介護職に慣れてきた所だ。ホントに介護は奥が深い。態度や言葉かけを利用者さんはよく見ているし、聞いている。

それほど、親しくない利用者さんから「あんたは、細かいとこにようきがつきよるね。あんたがいたら、安心やわ」と言われた。特別、その方に対して違う接し方をした訳ではなく、他の職員と変わらないのだが、何故か好印象を持って頂ける。

又、別の利用者さんからは、「あんたは、介護以外の仕事を知っているから、介護する事以外の心遣いが出来とる」とも言われた。例えば、ナースコールが鳴って部屋に伺い、オムツ等の交換を頼まれた時に、普通の職員はそれだけで終わるのだが、私は、部屋の様子を見て、その時に気になった事を直したりする。みなさんもされているかも知れないが、その方曰く、介護職一本で来られた方は、利用者さんから言われた事だけをして部屋を出ていってしまうらしい。

私の施設の職員さんだけがそうなのかも知れないが、ちょっとした心遣いが利用者さんにとってとても嬉しい事の様だ。もちろん、行事や誕生日会等も利用者さん方にとっては嬉しい事だと思うのだが、それ以上の日常の生活での嬉しいと思ってくれる事を考えて行く事が大切な事だと思う。

私がとても嫌な事がある。それは、施設の飾りだ。幼稚園の教室の様な幼い飾りつけをしている施設は多い。私には、何故そんな飾りをするのだろうとずっと疑問に感じている。

年をとると幼くなってくると言うが、幼い飾りだけは頂けない。じゃあ、何を飾れと言われればなかなか出てこないのだが。。。。幼稚園の教室みたいな感じの雰囲気は個人的に頂けない。。。。
6/27-1

ちょっとしんどい
異動が決まってから、正直気持ちがしんどい。折角親しくなれた利用者さんと離れてしまうのがとても残念だ。他の職員の事は言うことをきかないのだが、私の言うことには素直に聞いてくれる利用者さんがいる。今後、その方のケアをどうするのかが心配だ。いわゆる介護拒否という方だ。相性もあるのだろうが、対応や言葉かけが大変難しい。ちょっとした一言で態度がコロッと変わってしまう。その方がどんな風になってしまうのかが気がかりだ。でも、ベテランの職員の方が上手くケアしていくのだろう。

新しい部署では、逆に一からの築きあげになるので、今から考えると最初はとてもしんどいなだろう。うつがぶり返さなければいいのだが。。。。

異動の話を聞いた時には、「辞めるべきかどうするか」を悩んだのだが、プラス思考の友人からは「また、別の部署を知ることが出来ていいやん」と言ってくれた。確かに、今の部署だけで辞めるのはもったいない。今後、ひと通りいろんな部署を経験して、自分にあった部署を探していくのもいいのかなと思った。

私が入った時と違い、確実に「うつ」になっている利用者さんもいる。あんなににこやかだったのに、今は殆ど無表情で仮面をかぶっている感じだ。何に対しても反応があまりなくほぼ一日ぼっーとして車椅子に座っている。言葉かけに対しても「何もしたくない」「家に帰るわ」というばかり。昔の自分を見るようで、これからがとても心配だ。

6/26-4

ねこ探し
近畿を中心に、のら探しに出かける事が多い。今持っているカメラには「ねこモード」というものが付いている。のらにレンズを向けるとカメラが勝手にピントを合わせてシャッターがおりるというものだ。時々使うのだが、難点は自分の好きな姿とは異なるポーズでシャッターが切れる所だ。残念ながら使えない。

結局、自分でピントやズームを調節して撮るのが一番いい。しかし、のらはこちらの希望通りのポーズはとってくれない。それがまたのらの良い所なのだろうが。。。。

また、妙に仲良くなりすぎると、近寄ってきてスリスリされる。そうすると、写真が撮れない。そういう時は、結局撮影を諦め、しばしのら相手に遊んでやる。もとい、遊んで頂く。

ここ最近は、日中は暑いので、外にいる事が少ない。のらは涼しい所を知っているので、どこか涼しい所で寝転んでいる。時々、私も涼しい所を見つけると、のらに出食わす。だいたい昼寝をしているので、寝顔を撮るチャンスが増える。

また、新しいのらスポットを見つけに行こう。

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人事異動
Mr.Children/365日
デビュー以来20年以上の間、日本のポップミュージックの第一線を走り続ける人気ロックバンドとして知られる。1990年代のJ-POPブームに乗って数々のヒット曲を生み出し、1994年から95年に発売したCDは全てミリオンセラーとなったことからメディアには大々的に「ミスチル現象」と称された。

2000年代に入っても依然として名実共に日本の音楽界を代表するロックバンドとして特にアルバムセールスにおいて圧倒的な存在感を見せる。過去の楽曲が注目・起用されがちな日本のミュージシャンの中で、タイアップなどを差し引いても新曲で音楽シーンに存在感を示すことができる貴重な存在となっている。Mr.Childrenから影響を受けたと語るミュージシャンや有名人は多数存在する。

プロデューサーはデビュー当時から小林武史が担っており、楽曲制作には欠かせない人物となっている。


うつの合い言葉ー焦らない!後戻りしない!諦めない!

201208190111nn
今と昔の学校
私が教師になりたいきっかけは、小学生の時の担任の先生に憧れからである。その先生はとても教育に対しての工夫がなされ、今思えばその先生に出会わなければ運命も変わっていたかも知れない。

変わっていたのは、基本的に決まった宿題を出さない事だ。大学ノートを最低2ページ以上埋める事だけで、その内容は私達児童に任せられていた。3ページ以上やれば金賞のシールを1枚貰える。

その頃は自分でも頑張っていた。毎日15ページする事が私の目標だった。「誰にも負けたくない」と言う気持ちで毎日こなしていた。今思えばよくやったなと言う感じだ。

他の友達も僕に追いつけ、追い越せとお互いにライバル心で10ページぐらいしていた友達もいた。一度だけ、その友達が45ページやってきた事があり、クラス中驚いた。一気に金賞シールが15枚貰えた。それ以降は10ページずつぐらいこなしてきていた。

決まり事は漢字と計算ドリルは毎日やると言う事ぐらいだ。だから、理科や社会等をするのも自由だった。

ただ、最近の子供達に同じ様にしても「自分で考える宿題」なので、いざさせてみても、決まった事しか出来ない。

また、班対抗や個人対抗で日常生活の様子やマラソン距離を競わせて表を作ったりしていた。

今の児童にこういった競争をさせてみるのだが、頑張るのは最初の二週間ぐらいで、それを過ぎると頑張ってやる子とやらない子、頑張ってやる班と興味を示さない班とに分かれてしまう事が多かった。

言われた事や決まった事以上やらない子が多いのも残念だった。学校より塾の宿題が大変で、休み時間返上で塾の宿題をしている子供もいる。

時代が子供達をつくって行くのだろう。都会ではそれがより顕著に現れている。電車の中で学校や塾の宿題をしている子供達もよく見かける。習い事も多く、本当に大変だなと思う。

今は、恩師の様な自由なやり方は認められない。全クラス同じ宿題で、同じ授業形態をする事が求められる。

学校によって異なるのかも知れないが、教師の自由な裁量はほとんどない。

ベテラン先生と同じやり方を強制される。まあ、どのクラスも差が出ないと言う意味ではいいのかも知れないが、教師の個性が出しにくい感じだ。

皆さんのとこもそうなのだろうか。何か違う気がしてならない。
6/28-3

老人性うつ
厄介なことに、老年性うつ病の症状は認知症にとてもよく似ている。「もう何もしたくない」「何もわからない」--一見、呆けの徴候かと思われる言動は、実は「うつ病の前駆症状」という場合もある。寝たきりのお年寄りはなおさらかかりやすい言う。主な症状は、

表情に変化がみられない
1日中ぼうっと過ごしている
沈んだ様子だ
イライラしている
日々の生活に関心がないようだ
日中、居眠りをしている
夜はよく眠れないようだ
何をしていても楽しくなさそう
突然興奮して怒り出したりする
食欲がない
急に痩せたり太ったりした
いつも疲れ気味で体をうごかすのが億劫そう
集中力が続かない
物忘れが激しい
周囲が理解できないことを言ったりやったりする
「自分など何の役にも立たない年寄りに過ぎない」などと言う
「何もかも自分が悪いのだ」などと言う
「死んでしまいたい」などのセリフを口にする
実際、死のうとしたことがある
周囲の迷惑など何も考えずに行動する

こんなとき家族は、けっして励ましたりしないことだ。「何を言ってるのよ、まだまだ頑張ってよ」などの激励は、崖っぷちに立つ人の背中を押すようなもの。また、気分転換させようと、安易に旅行や買い物に誘うと、ますます症状を悪化させてしまうこともある。あまり干渉しすぎず、しかししっかりと見守るようにするのが良いようだ。

7/1-3
人事異動
利用者さんを怪我させた時から、異動か解雇かのどちらかが来るだろうと思っていたので、「やっぱり」と思った。迷惑をかけたのだから仕方がない。一瞬の出来事で、自分も利用者さんもその家族も、その後の人生が変わってしまう。一時期は、「迷惑をかけたので辞めてしまおう」「と思った。今回の異動も「異動先に迷惑をかけたらどうしよう」という不安が募り、どうしようかとかなり悩んだ。

友人に相談すると、「部署によって合う、合わないがあるから、異動したところを見てから辞めてもいいんじゃない?」と言われ。確かにそうだなと思った。今の部署は合わなかったのかも知れない。「適材適所」という言葉か様に、その人が一番自分の力を発揮出来る場所に異動する方がいいんじゃないかと言われた。

Category: 記念  Tags: ---

本文: 8  Trackback: 0

お祭りだ!祝!90000人突破!感謝感謝!
90000人突破!
いつもご訪問ありがとう。不定期になったにも関わらず、多くの方が訪問して頂き、本当に感謝。^^

森山良子-さとうきび畑
森山 良子(もりやま りょうこ、1948年(昭和23年)1月18日 - )は、日本のシンガーソングライター、女優。本名同じ。サンフランシスコ生まれの日系2世ジャズ・トランペッターの森山久を父として、元ジャズシンガーの浅田陽子を母として誕生。(かまやつひろしは従兄(母どうしが姉妹)、その長男かまやつ太郎は従甥)。

長女の奈歩は最初の夫との間に生まれた子であり、長男の直太朗は再婚した夫・ジェームス滝との間に生まれた子である。その後、離婚。 2006年10月、長女の奈歩がお笑いコンビおぎやはぎの小木博明と結婚したことにより、小木博明の義母となる。2009年1月、長女の奈歩が第1子を出産し、初孫ができる。

歌の主人公はひとりの少女である。少女は沖縄での戦闘で死んだ父親の顔を知らない。やがて大きくなると、ひとりで父親を探しにさとうきび畑に行く。父はなぜ殺しあったのか、なぜ殺されたのか、なにを恐れ自決したのか。通り抜ける風の音を聞きながら静かに悲しみを訴える。



うつの合い言葉ー焦らない!後戻りしない!諦めない!

2012.08.17.01

認知症
いろんなタイプの方がいるので、それぞれに対応した言葉かけが必要になる。私は根が真面目なせいか、本当の事を伝えてしまう事が多い。「いつ家に帰れるん?」と聞く利用者さんは多い。最初は、「もうちょっとしてからね」と言っていたのだが、最近では、「明日ね。」とか「晩御飯を食べたらね。」等の言葉かけに変わっている。ご本人は、一時的な泊まりだと思っているので、早く自宅に帰りたいという帰宅願望が強い。そういう方には、嘘も方便、やむを得ないのかなと思う。

認知が強いので、なかなか施設内で楽しめる行事が少ない。趣味とかもいろいろ聞いてみるのだが、ないという。食事をして、テレビを見て、お昼寝して、おやつを食べて、お風呂に入って、、、。毎日同じ事の繰り返し。。。。まだ元気な私の母親も似たような生活をしているが、自宅で暮らしているので、好きな時にご飯を食べて、好きな時に買い物をして、、、、という様に自由が効く。

一方では、自宅より施設の方がいいという方もいる。その方は、自宅そのままのリズムで生活している。居室では、パンツ一枚で過ごし、持参のおやつを好きな時間に部屋で食べながらテレビをみて過ごしている。家よりよく眠れると言うのだから、施設での生活を楽しんでいる様だ。

どの方にも共通していること。「誰かと話したい。」「誰かと関わりたい。」という事だ。はじめは無口で部屋にこもりっぱなしの方だったのが、だんだんと慣れて、自分からみんなのいる所へ行ってみたりする。かまってもらいたいのだが、自分からは照れくさくて言い難いという感じだろうか。そういう、日々の変化が見られるのが少しずつ介護職としての楽しさが出てきた。

しかし、まだまだ様々な認知の方がいるので、いろんなパターンで接しなければ相手の心に伝わらない。毎日会っているのに、「あんた誰?」と毎日聞かれるのもちょっと残念だ。

2012.08.17.02

欝の話
最近は、調子の良い感じでブログを書いているのだが、利用者さんを怪我させた時以降、緊張感とストレスで体調はあまり良くない。頭痛、動悸、湿疹、目の痛み、腰の痛み、手あれ、、、、などなど沢山体につらい症状が出てきている。記憶力の低下ややる気の低下もある。何度も「休みたい」と思うのだが、今は人不足で私が休むと他の人に迷惑がかかる為、簡単には休めなくなってきている。

「利用者1.5人に介護者1人で手厚い介護が出来ている」という様な触れ込みでいるが、現実は????だ。日中は一人で10人を見なければならない時間帯もある。夜勤は20人を1人でという場合もある。もうちょっと、何とかならないものだろうかと思う。

友人の施設の話も聞くのだが、どこも似たようなものの様だ。もっと酷い所もあるようだ。今後いい方向へ向かっていく事を願いたい、介護職のレベルアップの為にも。。。。。

2012.08.17.03

元教師
わかる人はうすうす感じていたかも知れないが、かつて私は教師だった時代がある。小学校の教師をしていた時代がある。その為、毎日起こる教師の不祥事にはとても気になる。いじめで自殺というのも、いじめの経験のある私なので、教師の存在は大きいと感じていた。熱心な先生が何度も自宅を訪れ、話を聞いてくれた。いじめる側の生徒にも話をじっくり聞いて、きちんと私の前で謝罪する所までして頂き、その後はいじめはピタリと止んだ。

順風満帆な教師より、それまでの人生の中で、様々な経験をする事が教師には必要な気がする。挫折を味わうのもその一つかも知れない。実体験出来ないのであれば、書物なので疑似体験し、いじめる、いじめられる生徒の気持ちを学ぶ事も必要だろう。

昔に比べ「熱い教師」は減ってきている気がする。もちろん、素晴らしい教師もいる。しかし、そういう熱血的な教師は他の教師からみれば煙たい存在で、職員室で浮いた存在になる場合もある。それでも、自分の生徒達にかける情熱はそのまま持ち続けて是非続けて欲しいと願う。

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